第1回 教育・学校心理学を知る
https://gyazo.com/bb03d4d9d9776d51391f0ce1d558e287
1. 教育心理学とは何か
1-1. 教育心理学の特徴
大抵の場合、心理学の主要な研究分野の1つに数えられている
人の学習や発達を指導・支援する教育という営みを対象として、教育事象に関する心理・行動を理論的、実証的に明らかにし、教育の改善に資することを目指す学問 他分野と内容的な重複があったり、相互に関連していたりする
発達心理学
臨床心理学
教育
本書の焦点
1-2. 教育心理学の研究対象
教育心理学のなかもいくつかの領域に分けられる
日本教育心理学会の発表論文集(2019)の区分
年齢段階間の変化を明らかにしたりする研究など
教授・学習・認知
主に学校教育の教科学習についての子どもの認知の実態や効果的な教授法の開発などの問題 社会
学校内での友人間の関係や教師と児童生徒間の関係などが取り上げられる
人格
自己肯定感尺度のような人格のさまざまな面に関する尺度を作成したり、それらの尺度を用いた人格特性間の関連や行動との関連を見出したりする研究が行われている 臨床
子どもの情緒障害やストレスに関連した問題など
視覚、聴覚、知的の各障害や肢体不自由、病弱(身体虚弱を含む)などの子どもへの教育の試みなどが報告されている
学校の子どもに生じる問題を学習面や対人関係の面など、複数の側面からトータルにとらえ、問題予防や解決の援助に関する理論や実践を支える研究領域(石隈, 2016a) 問題の予防プログラムの開発や実践、問題の解消のための実践が試みられている
測定・評価・研究法
学力テストなどのテスト開発やその妥当性の検証、教育心理学における統計学的な分析手法の開発や理論の構築などが行われている 心理統計学は、教育心理学の研究を進める際の分析、とりわけ量的分析の基盤となる領域であり、「測定・評価・研究法」領域の研究はそれを支えている 2. 学校心理学とは何か
2-1. 「学校心理学」の心理教育的援助サービス
本書では日本教育心理学会の発表論文集の区分にしたがって、教育心理学の一領域と位置づける
「一人ひとりの子どもが学習面、心理・社会面、進路面、健康面などにおける課題の取り組みの過程で出会う問題状況の解決を援助し子どもの成長を促進する"心理教育的援助サービス"の理論と実践を支える学問体系」(石隈, 2016a) 援助方策を考えるための学習面、健康面などに関する情報収集
教師やスクールカウンセラーなどによる子どもに対する直接的な援助的な関わり
その子どもに直接関わる人達が効果的に援助できるように働きかける、専門家による間接的援助
研修タイプ
教師や保護者などの援助の力量を高めてもらう
問題解決タイプ
子どもに生じた問題への解決を目的に行われる
システム介入タイプ
学校のマネジメント機能やカリキュラムの改善を対象
1. 子どもを1つの人格をもち、個性をもつ者として尊重すること
2. 子どものもつ力や興味・関心といった自助資源の活用と成長を目指すこと
3. 子どもの周囲の友人・保護者・担任教師・部活動顧問・養護教諭・スクールカウンセラーなどの援助資源を活用し、「チーム学校」で心理教育的援助サービスを進めること 2-2. キーワードにみる学校心理学
https://gyazo.com/445f059a4a886fd43c840b2c73f03f56
中央教育審議会(2015)「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について」
子どもに生じる問題を「トータル」にとらえる
e.g. 学業不振の子ども
原因はその子ども自身の努力不足かもしれないし、先生の教え方が十分ではなかったのかもしれない
家庭の問題や対人関係上の問題、健康上の不安などに悩んでおり、勉強どころではなかったということも考えられる
単一の原因ではなく、いくつかの原因が複合的に関わって学業不振を引き起こしているのかもしれない
子どもの問題が個人の要因と環境の要因との相互作用によって生じるという考え方 e.g. 学級で孤立している子どもがいるとする
子ども側の要因: その子供の友人関係を形成・維持する能力が低い
環境の要因: 学級が競争的な雰囲気である
環境や両者の相互作用にも焦点を当てるので、教師や保護者といった援助者へのコンサルテーションが重要となる
学校心理学での心理教育的サービスを実効性の高いものにするために、教育心理学について広く学ぶことが不可欠になる
3. 教育心理学の研究法
教育心理学では実証性を重視し、事実に即したデータを量的または質的に分析することによって、教育的に意味のある知見を得ようとする 3-1. 記述的アプローチ
主に教育事象のありのままを記述し、その記述データに基づき、当該の教育事象に関わる実態を見出そうとするアプローチ
学校では協同学習を始めとして教師と子ども、また子どもどうしのやりとりで学習が進められる
高垣・松尾・丸野, 2013は授業での学び合いを成立させるための学級のグラウンド・ルール(教室の子ども達に共有されている暗黙のルール)について、教師がどのようなグラウンド・ルールをどのように児童たちに共有化させているかについて調べた 調査対象は入学間もない小学校1年生の学級の朝の会
教師と個々の児童とのやりとりが教室内での対人関係の中心であり、全体の中で他の児童たちを聞き手として意識して発言することの難しさがある
全体の中での他の児童の発言を自分に向けられたものとして聞くことの難しさがある
教師は他の児童の発言を聞くことに関する3つのグラウンド・ルールの共有化を図っていることが見出された
https://gyazo.com/aaf2500d342f91724f1dd85fc322af84
記述アプローチでは特定の個人や学級など、少数事例を対象としたものが多く、得られた知見がどの程度一般化できるのかを確定することは難しい
カテゴリーの設定や発言の各カテゴリーへの分類などは解釈によるものであり、客観性に問題があると考える場合があるかもしれない
一事例ではあるがそれは教育場面の現実の姿であり、その事実に基づき分析がなされているという点では実証的
解釈の客観性を担保するために複数の判定者によるなどしてこの問題をクリアしている
3-2. 相関的アプローチ
複数の要因間の関連を見出そうとする場合に用いられる
受験競争観の測定
心身の消耗や学習意欲の低下、友人関係の悪化といった、受験競争を否定的にとらえる
自分で感情や行動を調整する能力や学習意欲の向上、友人関係の親密化といった、受験競争を肯定的にとらえる
学習動機の測定
受験不安の測定
試験不安尺度(「受験のことを考えると自信がなくなってくる」などの項目) 学習態度の測定
学習態度尺度(「受験に出る可能映画低いようなところは勉強しない」などの項目) 結果
消耗型競争観が強いほど「学習をさせられている」というように、学習に対して受動的に動機づけられ、受験不安も高かった
成長型競争観を強くもつほど学習に自発的、自律的に動機づけられていたり、受験のためだけに学習したりしていない
相関的アプローチでは心理尺度を用いることが多く、一度に大勢を対象にデータを得ることができる そのデータは評定値に基づいて量的に表すことができるため、統計学的な分析が可能
結果の一般化にとって有利
3-3. 実験的アプローチ
設定した条件の違いにより結果がどう変化するのかを測定し、条件の効果を調べようとする
大学で開催した「夏休みゼミナール」に参加した中学2年生に3時間のグループ学習による授業を行った
等速直線運動や等加速度運動など、運動の規則性についての内容
4群に分けられ、各群は異なる条件の授業を受けた
第1群
課題の解決に向け、生徒に自由に実験をさせた
たとえば「台車を斜面に滑らせる。摩擦力はないと仮定する。台車の滑り落ちる速さは時間が経つにつれてどうなるか」など
第2群
課題に沿って教師が仮説をつくり、その仮説を検証するための実験を計画し、得られた結果から仮説の妥当性を検証する過程をすべて演示した
生徒たちは法則を見出すための教師による模範的な過程を観察した後、教師に倣って実験を行った
第3群
それぞれの生徒が課題の正答を予想し、その理由を述べた上で、グループごとに討論・実験を行った
第4群
それぞれの生徒に課題についての仮説を立てさせた後(仮説の設定)、
仮説の検証のためにはどのような実験をしたらよいか、そしてどのような結果が得られたら仮説が検証されたことになるのかをグループで考えさせ、実験計画を立てさせた(証拠収集の計画)
結果が得られたら、その結果をよく見て(結果の観察)
自信の仮説は正しかったのかを振り返らせた(結果の解釈)
結果
授業の理解度テストは第4群が他の3群よりも成績がよかった
仮説検証の一連の過程に必要な手続きに関する枠組み的な知識を理解し、その枠組にしたがって理科実験を行うことが、学習内容の理解の深化をもたらすことを示唆
実験的アプローチの基本構造は、実験群と統制群(対照群)の設定と群間の結果の比較
実験的アプローチでは、取り上げた条件に関わる要因以外の要因(剰余変数)の統制が必要 特定の条件間の効果の違いの検出が目的になるため
小林(2009)の例では、4群のり化の学力などが事前段階で等質であることや、各群の指導に当たる実験者が同一であることなど
実験の対象には制限がある
倫理
3-4. 実践的アプローチ
上記3つのアプローチは、直接的には理論構築や教育事象の理解を目的とするもの
実践的アプローチはよりよい教育の創造に焦点を当てて、より直接的に教育に寄与することを目的としている
特徴は教育に直接的に支援・介入する点と現実の教育の場という自然な状況を対象とする点(鹿毛, 2006) 教育に直接的に支援介入するという点は実験的アプローチにもみられる
自然な状況での教育実践を対象としている点は記述的アプローチにもみられる
教育目標の到達を志向する性質をもつことも特徴
実験的アプローチによって統制群に旧来の教授法Aで教え、実験群で新たな教授法Bで教えた時に、事後テストの正答率が前者30%、後者60%で両群間に統計学的に有意な差があったとする
実験的アプローチでは実験としては成功であったと考えることが多い
実践的アプローチでは、教授法Bで教えた場合でも、6割の者しか正答できなかったことを重視
さらに教授法を改善する余地があると考える
特別支援学校の小学部に通う5年生の児童を対象に、II位数およびIII位数の加法についての1年半に及ぶ学習援助過程を報告
当該児童は前段階では、
1. II位数やIII位数の加法は未習得であるが、「123円」といえば硬貨を使って、その金額を選び出すことはできる
2. 数を数えるものとしては認識できているが、量を表すものとしては認識できていない
3. 十進法の必然性が認識できない
具体物と抽象的な数を媒介するものとして、また「位」の概念を獲得させるための教具として硬貨を使う、位取り記数法と筆算を教授する、日常のお金の使用などでは大きい位の方が大きな意味をもつという理由から、筆算では位の大きい方から足していく、などの教授原則を採用した
結果
部分的にはIII位数どうしの加法の問題解決もできるようになった
この場合、統制群を設けていないため、一連の支援・介入活動のうち、どれが目標の達成に寄与したのか、またこの一連の方法でなければ目標に達することはできなかったのかを特定することはできない
4. 教育実践と教育心理学研究
4-1. 実験としての教育実践
授業は実験といってよいのではないか
仮説
授業を始める前には学習内容が子ども達に習得されることを目指した授業案が作られる
実験
授業案に沿って行われる授業
実験結果
子どもたちの反応や事後テストの成績
実験としての授業は実践的アプローチに属するもの
授業内でその教師があらかじめ予想した反応が得られたり、事後のテストで目標としていた水準に達したりした場合、その授業は成功したことになるし、実験としての授業は仮説が検証されたことになる
現実の教育実践では、さまざまな働きかけが行われるために、実験的アプローチのように剰余変数を統制し、統制群と比較するようなことができない
どれが有効だったのかを特定することは難しい
授業を例にすると、事前にできなかった問題が授業後に解けるようになったのであれば、少なくともそこで行われた一連の教育活動の有効性が十分条件的には検証されたことになる
実践的アプローチによる検証の論理と合致する
あらかじめ定めた目標の実現を目指し、それに必要だと考えられたいくつかの課題群(もしくは働きかけ)を用意し、それらを最適と思われる配列(働きかけの順序)で課していく
その結果が目標に到達した場合には、そこで用いられた課題群とその配列が適切であったことが十分的には検証できる
実験に用いられた課題群やその配列とは異なる方法で教えた場合を想定し、そこで予想される結果を、実際の結果と模擬的に比較することによって、擬似的な必要条件的な検証をすることもできる
実践的アプローチでは多くの場合、対象が一人の子供であったり、1つの学級であったりする
結果を一般化するのは難しいのではないかという問題が生じる
記述的アプローチと同様に、一事例であっても構成法の考え方にしたがって、事前の子ども達の実体と外からの働きかけ(支援・介入)の結果を対照することで、その働きかけの有効性についての知見および新たな着眼点や仮説が得られる
4-2. 実践的アプローチに求められる条件
実践者である学校の教師などの協力は不可欠
現実の教育の場を対象とする
近年の教育心理学研究では、直接教育にあたっている教師と研究者の共同研究が行われることも多くなっており、研究計画の立案の段階から協同で作業を進める研究も多い
研究を進める上でも必要な条件でもある
授業を対象とするような場合、研究者が作成した授業案などの支援・介入計画を、研究の対象となる子どもの担当の教師に渡して、授業を実施してもらうだけでは、授業の中で予期しない子ども達の発言などに戸惑って、教師が研究の趣旨から外れた応答をしたりすることがあり、それは研究にとって不都合となるから
研究計画の立案段階から協同で作業を進めることで、研究の趣旨が共有されていれば、そうした場合でも適切な対応ができる
心理学研究の上で最も大切なことは倫理面への配慮
対象となる子どもたちの不利益につながらないよう、細心の注意を払う必要がある
日本心理学会の倫理規定第3版(日本心理学会, 2011)によれば、心理学研究一般について以下のような要件があげられている 1. 研究対象者の心身の安全、人権の尊重
年商の対象者などには保護者など
3. 個人情報の保護・管理
4. 研究者の所属する機関、および研究対象者の所属する機関の倫理委員会等からの研究計画の承認を受けること